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デザイナー一覧 S行(全11名) |
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安積 伸&朋子 Shin Azumi&Tomoko 『夫婦のバランス感覚で世界へ羽ばたいた安積ブランド』安積伸1965年生まれ。安積朋子1966年生まれ。ともに京都市立芸術大学デザイン科を卒業。伸はNECデザイン勤務、朋子は建築設計事務所勤務を経て、1992年に渡英。ロイヤルカレッジ・オブ・アート大学院を修了後、1995年ロンドンにてデザインスタジオを設立。プロダクトデザイン、家具デザインを中心に、ヨーロッパおよび日本で活動。展示会、インテリアなどのスペースデザインも手がける。家具作品はパーマネント・コレクションとして、ヴィクトリア&アルバートミュージアム(英)、ステデリックミュージアム(蘭)などに収蔵されている。受賞歴は、2000年FXインターナショナル・デザインアワード「Product of the Year 賞」、2003年Blueprint/100% デザインアワード「Best Contribution賞」など。英国にて各種デザインアワードの審査員も歴任している。
安積伸&朋子 ネクストマルニ/nextmaruni大特集はこちら!
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『夫婦のバランス感覚で世界へ羽ばたいた安積ブランド』安積伸1965年生まれ。安積朋子1966年生まれ。とも..
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乾 三郎 Saburo Inui 『乾デザインのプライチェアは天童木工の代表格』高品質な成型合板技術に必要な高周波発振装置で技術研究する産業工芸試験所に勤務中、柳宗理からバタフライスツールの商品化に向けての相談を受ける。
1947年 民間企業で初めて天童木工が高周波発振装置を導入する。これがきっかけで入社。
1956年 柳宗理デザインのバタフライスツール製造を実現。「乾三郎氏がいなければ、このイスは完成しなかった」と言うほどバタフライスツールの第2の生みの親とも言える存在。
1960年 家具を輸出するため分解式家具を開発した際、プライチェアーが生まれる。
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『乾デザインのプライチェアは天童木工の代表格』高品質な成型合板技術に必要な高周波発振装置で技術研究..
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内田 繁 Shigeru Uchida インテリアデザイナー 1943年日本/横浜生まれ。
1966年桑沢デザイン研究所卒業。1970年内田デザイン事務所設立。1981年(株)スタジオ80設立。東京造形大学、桑沢デザイン研究所客員教授。毎日デザイン賞、商環境デザイン賞、第一回桑沢賞、芸術選奨文部大臣賞等受賞。日本を代表するデザイナーとして商・住空間のデザインにとどまらず、家具、工業デザインから地域開発に至る幅広い活動を国内外で展開。代表作に六本木WAVE、山本耀司のブティック一連、科学万博つくば1985政府館、京都ホテルのロビー、福岡のホテル イル・パラッツォ、神戸ファッション美術館、茶室「受庵・想庵・行庵」、 門司港ホテル他。メトロポリタン美術館、サンフランシスコ近代美術館、モントリオール装飾美術館、デンヴァー美術館等に永久コレクション多数。著書に「プライバシーの境界線」「日本のインテリア全四巻」「Interior Design Uchida, Mitsuhashi, Nishioka & Studio 80 Vol. II」「都市を触発する建築 ホテル イル・パラッツォ」「インテリアと日本人」「家具の本」他。
内田繁 ネクストマルニ/nextmaruni大特集はこちら!
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インテリアデザイナー 1943年日本/横浜生まれ。
1966年桑沢デザイン研究所卒業。1970年内田デザイン事..
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小林 智 Satoshi Kobayashi プロダクト デザイナー
1965年長野県生まれ。88年千葉大学工学部工業意匠学科卒。
インテリアデザイン事務所を経て、2003年からフリーランス。
主に家具メーカーのプロダクトデザイン業務に従事。
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プロダクト デザイナー
1965年長野県生まれ。88年千葉大学工学部工業意匠学科卒。
インテリアデザイン..
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ショーン・ユー Sean Yoo nextmaruni/2004年コンペティショングランプリ受賞者。
デザイナー。1968年アメリカ生まれ、ロスアンゼルス育ち。
カリフォルニア州立ポリテクニック(工芸)大学にて都市計画を学ぶ。卒業後、南カリフォルニアにて都市計画の仕事を始めるが、数年の後、デザインの分野への方向転換を決める。
インダストリアルデザインを学ぶ為、学校に入り直し、2000年にカリフォルニア州パサデナのアートセンタ−カレッジオブデザインを卒業。
卒業後には、パサデナにある Round Three design studioで経験を積み、2001年にはAngela Tarascoと共に、自らのデザインスタジオ、Apt 5 Design立ち上げる。
彼の作品は多くのメジャーなデザイン誌に取り上げられ、2003年、2004のInternational Design Yearbookにも掲載された。
2002年にはミラノサローネ、Concorso Young and Design 2002にて初めての展示を行う。他、家具デザインに置いては、多数の賞を受賞。
現在、イタリア マテーラ在住。Frighetto Industrie, Jongform and Calia Italia等と仕事をしている。
*2004年コンペティションの詳細はインターナショナルデザインコンペティションのページにてご確認いただけます。
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nextmaruni/2004年コンペティショングランプリ受賞者。
デザイナー。1968年アメリカ生まれ、ロスアンゼ..
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スタジオ 7.5 Studio 7.5 Studio 7.5 がドイツのベルリンで設立した当時、設立メンバーのブカード・シュミット、クラウディア・プリカット、ニコライ・ノイベルト、カローラ・スウィックは興味のあるプロジェクトに従事する自由を求めていました。これは規則、役割、役職による束縛からの自由を意味していました。
ドイツ統合直後の1992年に彼らが共同経営を開始したとき、ベルリン市内でオフィス用スペースを探すことは大変困難でした。そこで彼らはもっと自由な発想をしました。特別な運転許可を必要としない7.5トンのトラックをレンタルしようと考えました。「トラックにモデルショップを乗せ、プロジェクト現場からプロジェクト現場までそのまま移動できると思ったのです」、と語ります。こうして「Studio 7.5」という名前が誕生しました。実際にそのトラックのアイディアは実現されないまま最終的にオフィスを構えましたが、グループの名前は現在に至ります。
クライアントの製品デザインをする際、Studio 7.5は迅速かつスマートに行動します。コンセプト段階からモデルショップまでの工程に、時には一両日で「製品」の大まかなひな型の制作を開始します。
彼らによると、「製品デザインを手掛けるには、三次元で作業することが必要です。」「そのため私たちは、凝った完成予想図の作成に時間をかけません。コンピュータで作成された図からは、同じフィーリング、感触、そして匂いが伝わりません。」
そして、共同作業ではつきものである意見の不一致があった場合、誰に最終決定権があるのでしょうか?この質問に、「問題について全員で話し合い、ベストな考えを優先すします」とグループは答えます。「4,5人集まると物事が複雑になると思うかも知れませんが、例えばメンバーの2人が議論をしていると、他のメンバーはレフリーになり『彼女が正しい』『いや、彼が正しい』などと意見を述べます。人数分だけ様々な見解が聞けるので、実際は物事がスムーズに運びます。」
彼らは、オフィス・チェアのデザインが最もやりがいがあると感じています。「私たちは椅子の外観だけでなく、チルトの特徴までをも含む椅子の性能を定義します。私たちが椅子の性能をとても重視する理由は、美とは目で見るものだけでなく、からだで感じるものだからです。」
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Studio 7.5 がドイツのベルリンで設立した当時、設立メンバーのブカード・シュミット、クラウディア・プ..
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中原 慎一郎 Shinichiro Nakahara ランドスケーププロダクツのチーフデザイナー。1971年生まれ。鹿児島出身。鹿児島大学教育学部卒業後に桑沢デザイン研究所で学ぶ。その後「タイイング」に入社。
青山モダンエイジギャラリー、目黒マイスター勤務を経て1997年にオリジナル家具を製作するデザインチーム
「ランドスケーププロダクツ」を発足。2000年有限会社化し、神宮前にショップ「プレイマウンテン」をオープン。同時に店舗、オフィス、住宅などの内装デザインも開始。2001年、東京都美術館「Eames Design展」にテクニカルチームとして参加。2003年、京都大山崎山荘美術館にて「民芸とランドスケーププロダクツの出会い」展を開催。2004年、渋谷区千駄ヶ谷に喫茶店「Tas Yard」をオープン。2005年、広尾にKids Shop「Chigo」をオープン。
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ランドスケーププロダクツのチーフデザイナー。1971年生まれ。鹿児島出身。鹿児島大学教育学部卒業後に桑..
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藤井真哉 Shinya Fujii 1969年、大阪生まれ。1998年、インテリアデザイン事務所勤務、美術家への師事を経てatelier libero設立。「彫刻とプロダクトの間にあるもの」をコンセプトに作品を生 み出している。インテリア、モニュメントも手掛け、個展活動も行っている。2002年、個展「灯り展」個展「fujii shinyaexhibition」
日本クラフト展入選
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1969年、大阪生まれ。1998年、インテリアデザイン事務所勤務、美術家への師事を経てatelier libero設立。..
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藤城 成貴 Shigeki Fujishiro 74年東京生まれ。2000年ミラノ・スプートニク出展を皮切りにスプートニク・デザイナーとして活動を続ける。代表作に「スヌーク」がある。人との会話がアイデアのソースとなり、「いいデザイン」とは「自分がかっこいいと思うもの」というシンプルな姿勢で取組んでいる。
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74年東京生まれ。2000年ミラノ・スプートニク出展を皮切りにスプートニク・デザイナーとして活動を続ける..
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宮本 茂紀 Shigeki Miyamoto 静岡県伊東市出身。家具のモデラー。1966年東京都品川区に「五反田製作所」を創業。1973年〜渡欧。イタリア、ドイツ等のトップメーカーでモデラーとしての世界的な技術を習得し、帰国後、1983年に海外メーカーの国内生産部門として「株式会社エリアント」を設立した。1985年試作開発専門の部門として「株式会社ミネルバ」を設立。1988年にはイタリア・ミラノ国際家具見本市「サローネ」に日本初の現地出展。また、JR東日本の新幹線のシート開発協力や、自動車メーカーのシート開発協力等を精力的に行う。
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静岡県伊東市出身。家具のモデラー。1966年東京都品川区に「五反田製作所」を創業。1973年〜渡欧。イタリ..
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柳 宗理 Sori Yanagi 柳 宗理は、グラフィックデザイナー、イラストレーターとして活動。現在、国際グラフィック連盟(AGI)会員、東京ADC(アートディレクターズクラブ)委員JAGDA(日本グラフィックデザイナー協会)理事、毎日広告賞審査委員などを務める。柳 宗理は、1939年東京に生まれる。戦後の工業デザインの基礎を築いた一人。家具、テーブルウエアや、自動車、光学器械、高速道路や橋など、数多くのデザインを手がける。机上のデザインではなく、手を使って生まれる氏のデザインは、国際的な評価も非常に高い。1956年に発表された、柳 宗理の代表作、バタフライスツールは多くの美術館に収集されている。
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柳 宗理は、グラフィックデザイナー、イラストレーターとして活動。現在、国際グラフィック連盟(AGI)会..
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