インテリア家具ショップのリグナが送る、ライフスタイルWEBマガジン

文=木村衣有子  絵・題字=中澤季絵

第3回
2016.07.06

台所道具は少数精鋭

 ひとり暮らしをしていた頃には、雑誌の巻末に、次号はインテリア特集、との予告があると見るや、その発売日を楽しみにして日を過ごせた。

 私は大柄なので、雑誌に載っているそのままのファッションをなぞることが物理的に不可能で、それもあってか、服よりも部屋のほうに目をやるようになっていたのかもしれないと振り返る。いや、部屋だって、もちろん広さも天井の高さも、そもそも数も違うのだけれど、とはいえ、サイズを度外視して、無責任な憧れを託す余地があるように思えた。ページの隅の、おまけのような極小の写真にまで見入っていた。ソファの選びかたとか、ラグの敷きかたとか、いつか自分の住処もこんな風にしようと思い描いていた。

 部屋だって服と同じだと、気持ちが冷めて久しい。新築で広いよそはよそ、狭くて古いうちはうち、と切り分けて、部屋の未来にふわふわした夢を見ようとしなくなっている。

 ただ、台所の写真が載っていると、手に取る。台所にはまだ夢を見ていたい。自分がいちばん長い時間を過ごしている部屋だから。かといって、日がな一日料理をしているわけではなく、ただ、仕事机が食卓を兼ねていて、それを置くにはコンロの火を見張っていられるくらいの位置がちょうどいいからだ。

 いろいろな人の台所の写真を眺めていて、料理を生業としていない人が司っている台所のほうに惹き付けられる場合が多いと、ふと気付いた。いわゆる料理研究家の台所には、それほどわくわくさせられない。自分は、専門家の美学を感じ取れない無粋な奴なのだろうか、と、ちょっと、へこむ。

 うちの台所に目をやる。洗ってから火にかけて乾かし、まだじゅうぶんに冷めていないフライパンがコンロの上にのせてある。洗いもの籠には菜箸が立ててある。今日のお昼ごはんは、こないだ行った産直で先着200人に3個ずつ配られた、ご褒美みたいなピーマンと、キャベツと豚コマの炒めもの、ごはん、味噌汁だった。

 炒めものを作るのに、ここ2、3年ほどは主に木べらを使っていた。木べらだと、菜箸よりも大胆に具を混ぜることができるような気がして。

 この春の福島への引越し、荷物が届く前の部屋での最初のごはんは、最寄りのスーバーマーケットで買った鉄火巻きと納豆巻きだったが、売り場をぐるっとまわって、魅惑的なほどみずみずしい菜花系の青菜があるのを見つけた。「かぶれ菜」とある。聞いたことのない名。買い物かごに入れた。明日はこれを炒めてみよう。

 引越屋さんが届けてくれた段ボール箱は100箱以上、台所道具が入っているものからまず蓋に張られたガムテープを剥がしていく。開けてすぐ取り出せるように最後に詰めたのは、包丁、まな板、そして、菜箸だった。続いて、フライパンや、使いさしの菜種油なども出てくる。木べらはいずこへ。しかし、木べらを探す以前に、その晩の寝間着とかタオルとか、あるいは翌週の出張のための資料とか、先に取り出しておかなければならないものは数多あった。

 結局、菜箸さえあればなんとかなるものだよな。炒めたかぶれ菜を皿に移しながら、翌日ひとりごちていた。

 限られた道具でやりくりする、という行為にときめきを感じる質ではある。去年まで通っていた菜園でも、耕したり、畝を立てたりの作業を全て鍬一本でスマートにやってのける畑の先生に憧れていたのを想起する。料理研究家の台所にあまり興味を持てないわけもそこにある。道具が、多すぎるのだ。もちろん、料理を作ることが生業だったら、持っていて当たり前で、私のほうは、いろいろな道具を使いこなす腕がないのもほんとう。よくいえば、少数精鋭。例えば、包丁は、十数年前に貯まったなんらかのポイントと交換したツヴェリングのが3本あるものの、日々使うのはいちばん小さな三徳包丁1本のみ。蕎麦用の笊とか、予備のコーヒードリッパーとか、欲しい道具はあることはあるが、渇望しているというほどでもない。目下、ないとちょっと不便だなあと思い直しているのは、計量スプーン。

木村衣有子(きむら・ゆうこ)

1975年生まれ。文筆家。ミニコミ『のんべえ春秋』編集発行人。著書に『もの食う本』(ちくま文庫)、『銀座ウエストのひみつ』(京阪神エルマガジン社)、『コーヒーゼリーの時間』(産業編集センター)など。『サンデー毎日』にて書評コラム「食べて、飲んで、読む」を連載中。

http://mitake75.petit.cc/

中澤季絵(なかざわ・きえ)

1981年生まれ。イラストレーター。学生時代は植物や微生物について学び、花とやさいのタネの会社で10年間働いた経験をもつ。生きものを慈しむ脇役蒐集人。絵で暮らしをいろどる楽しさを軸に幅広く活動中。

http://kienoe.com/

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