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本を開くと映画が流れだす

文=月永理絵

第3回
2016.07.27

母と子をめぐる物語——映画『めぐりあう日』と小説『ロジー・カルプ』

 『ロジー・カルプ』は、フランスの作家マリー・ンディアイが2001年に発表した長編小説。6歳の息子ティティを連れた妊婦ロジー・カルプが、兄ラザールの暮らすグアドループにやってくる。グアドループは、カリブ海に浮かぶリゾート島。子を抱え貧困に苦しむロジーは、この地で事業に成功したというラザールを頼って身一つでやってきたのだ。だが空港に迎えにやってきたのは黒人青年のラグラン。彼の話を聞くうち、実はラザールもまた自分と同じかそれ以上にひどい貧困に苦しんでいること、そして裕福な青年ラグランにすべての生活の面倒を見てもらっていることを知る。

 『ロジー・カルプ』は母と子をめぐる物語だ。だがその物語は愛や幸福からはほど遠い。痩せこけた私生児ティティと、父を持たずに孕んでしまった胎児。ふたりの子を持つロジーは子どもたちを愛することができない。ティティは誰からも愛されず、死ぬことを望まれている呪われた子だ。

 ロジーに限らず、この小説に登場する人々はみな一様に醜く愚かで、その様は吐き気をもよおさせるほどだ。醜さの一番の理由は、彼らが肉体と血縁を重視する点にある。ロジーとラザールは、黒人であるラグランをいいようにこき使う。彼らの両親もまた、自分たちの容姿(白人であること)を唯一のプライドとして保ち、「大切なのは、血でしょ?」と愚かにも言ってのける。だが実際にはカルプ家の人々はみな人生の落伍者で、タクシー代を払う金もないほど貧しい。一方ラグランは経済的に成功し、トヨタを乗り回す思慮深い青年だ。そんな彼が、なぜ醜悪な白人家族からこき使われるのを許すのか。なぜ憐れなロジーに強烈に惹かれるのか。理由は最後までわからないが、彼自身もまた狂った母をもつ呪われた子であることがやがてわかる。

 ウニー・ルコント監督の『めぐりあう日』でも、妊娠した女エリザ(セリーヌ・サレット)が10歳の息子ノエ(エリエス・アギス)を連れ、たったひとりの肉親を探しにパリからフランスの港町ダンケルクへやってくる。理学療法士のエリザが探すのは、産まれたばかりの自分を手放した実母。自分の生みの母親はどんな人間だったのか、なぜ自分を手放したのかを知りたいと必死になるエリザ。だがその頑なさのために、彼女と息子ノエとの関係は徐々に悪化していく。彼女が実母を探し始めたきっかけは、おそらく息子の容姿に関わっている。彼の容貌は、自分とも夫とも似ておらずアラブ系に近い。そのことが、エリザに自分のルーツ(母か父がアラブ系なのか?)を意識させたのだろう。一方で彼女の母探しは、息子ノエにとっては残酷な行為にもなりうる。両親と異なる容貌をもつことを、彼自身にも強く意識させるからだ。ノエは、ティティのような呪われた子ではない。だがそうなってもおかしくはない要素が、エリザの母探しには含まれている。

 映画『めぐりあう日』は、最終的に母と子の愛にたどりつく。エリザは実の母と出会い、自分の歴史を知ることになるだろう。その母もまた、娘と再会することで暗い記憶のなかに押しとどめていた過去の愛を取り戻す。映画の最後には、アンドレ・ブルトンが実娘に向けて書いた『狂気の愛』の一節が朗読される。大仰さはなく、淡々と描かれるこの愛のドラマは実に好ましく、『ロジー・カルプ』に蔓延する醜さとは一見無縁に思える。だが母を求める子の必死さには、ときに残酷さと無様さがまとわりつく。

 無様といえば、『めぐりあう日』では、理学療法士であるエリザの仕事場で様々な人々の裸体が映し出されるのだが、その光景はどこか異様な印象を残す。エリザが行うマッサージでは、患者たちの体を折り曲げ、ひねり上げ、力強く抱きかかえる。人々の肉体は、まるで“もの”のようだ。なかでも、エリザのもとに患者としてやってくる中年女性アネット(アンヌ・ブノワ)の裸体は、脂肪がどっぷりとつき、おせじにも美しいとは言えない。だがエリザとアネット、正反対の肉体を持つふたりが絡み合うとき、その様はなんとも言えない興奮をもたらす。

 母に愛された子と愛されなかった子。祝福された子と呪われた子。それぞれの子どもたちが迎えた結末はまったく異なる。どう考えても映画のラストに比べ、小説の終わり方は悪意に満ちていて後味が悪い。でもこの愛に満ちた映画のなかにだって、そこかしこに小さな醜悪さが紛れていたはずだ。そして私はなぜかその醜悪さにこそ惹かれてしまう。

『めぐりあう日』

監督:ウニー・ルコント

出演:セリーヌ・サレット、アンヌ・ブノワ、ルイ=ド・ドゥ・ランクザン、フランソワーズ・ルブラン、エリエス・アギス

7月30日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー

© 2015 – GLORIA FILMS – PICTANOVO

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『ロジー・カルプ』

マリー・ンディアイ著、小野正嗣訳、早川書房

小説家・劇作家として活躍するマリー・ンディアイの七番目の小説にしてフランスで権威ある文学賞フェミナ賞を受賞した本作。ンディアンは、1967年フランス中部の町ピティヴィエにて、セネガル人の父とフランス人の母の間に生まれ、17歳で作家デビューした。その他の著作に『心ふさがれて』『みんな友だち』(共に笠間直穂子訳、インスクリプト)などがある。

月永理絵(つきなが・りえ)

1982年生まれ。編集者・ライター。〈映画酒場編集室〉名義で書籍や映画パンフレットの編集などを手がける。個人冊子『映画酒場』発行人、小雑誌『映画横丁』編集人。『メトロポリターナ』でコラム「映画でぶらぶら」連載中。

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