インテリア家具ショップのリグナが送る、ライフスタイルWEBマガジン

文=木村衣有子  絵・題字=中澤季絵

第4回
2016.08.06

薮から棒、窓から蝉

 自分のうちをあらためて見回してみると、十年選手が目立つことに気付く。これまでにこのコラムで紹介してきた天童木工の机も、鉄製のフライパンも。それから、本棚も、冷蔵庫も。

 カーテンもそうだ。白地に緑色で、植物が勢いよく描かれた木綿製。あの頃はこういう柄が好きだったんだなあ、と、他人事みたいに眺める。今だったらまた別の柄を選ぶだろうな。でも、買い直したいというほど嫌でもなく、それなりに福島の家の横長の窓に馴染んでいるからよしとする。

 10年前に住んでいた家の窓の寸法に合わせて注文したカーテンは、4枚組だ。布幅の関係でそんな小間切れの仕上がりになった。春先まで住んでいた北千住の団地の窓はわりあい小さかったので3枚しか使っていなかったが、今の家は4枚かけないと窓を覆えない。久々に登場した1枚は、押し入れにしまいこまれていたため日焼けによる退色を免れており、ひときわ緑色が濃くてちぐはぐだ。

 緑色を選んだのは、日々眺める広い面積の色としては無難だろうという、引いた考えからだった。10年前の家は窓のすぐ外には木が植えられていて、しかもその木は常緑樹で、春夏秋冬、カーテンを開けても閉めても同じような景色でもあり、これはつまらないことをしたなあと悔いたのをおぼえている。

 また、団地でも、窓を開けるとすぐ中庭を望むことができて、そこには大きな桜の木が十数本あった。夏には蝉がたいへん賑やかだった。この界隈で、他に大きな木があるのは神社くらいで、街の蝉の半分以上が中庭に集まっているといっても過言ではない。みんな、羽根が麦茶みたいな色合いのアブラゼミだ。

 ほんとにいい眺めの中庭ではあったのだが、景色では払拭できないくらい、いろいろと文句を付けたくなる物件でもあり、そのひとつは、窓に網戸がないことだった。そしてエアコンが付いているのは一部屋だけである。内見したのは初冬で、まあ、夏場には、簾でもかけて蚊取り線香を焚けばなんとかなるかと甘く見ていた。実際、冬も春も過ぎて、窓を開け放つ時間が伸びてくると、簾をかけると風通しが悪くなるし、と、当初の案は取り下げられる。策もなく開け放っていた。恐れていた蚊は大してやってこなかった。

 梅雨が明けて間もない朝、窓から蝉が入ってきて、床におりた。部屋の中で見ると蝉はより大きく、そしてグロテスクに見える。こわい。そう思うと同時にギャーと叫び声が出た。自分の声で我に帰り、冷静に、細長く丸めた新聞紙を駆使して、なんとか外界につつき出した。

 懲りずにそれからも窓は開けていた。蝉は、たまたま入ってきたのだと解釈しようと。しかしその後も来訪は続く。その度、ギャー、からの追い出し作戦遂行となる。私が恐れていたのは、別の部屋に居るとき、知らぬ間に蝉が窓から入ってきて、そのままころりと転がっていたらどうしよう、ということだった。もちろん踏みたくないし、地べたに仰向けになっている蝉をつついてみると俄然暴れ回る、あの状況がこわい。雄はまだいい。鳴くから、来やがったな、というのがいやでも分かる。雌は黙っているので困る。出かける直前に入ってきたらかなわない、それも今となっては杞憂だが、悩みの種だった。蝉で遅刻しましたと釈明するわけにはいかない仕事だってある。しかし蝉が居る部屋のドアを閉めて出かけるのも、こわい。

 カーテンが緑色をしているせいで、木とかんちがいしてやってくるのだろうか、と考えたが、蝉はたしか色を見分けられないはず。中庭の、桜の木の下で、子供らが捕虫網を手に蝉を狙っているのを見かけると、全部獲り尽くしてくれればいいのに、と祈るような気持ちになった。

 8月下旬になると、蝉はやってこなくなった。

 団地での2度目の夏、ベランダでゴーヤでも育てる場合に使うような目の粗い網をホームセンターで買って窓辺に吊るしてみた。が、網に蝉がよくとまる。風で網が吹き寄せられたその隙間から入ってくる。やはり、ぴしゃりと閉まる戸がないと埒があかないのだ。それ以上の工夫をする気が失せ、やけくそ気分で、来た数を記録してみた。ひと夏で8匹。全くの丸腰で迎えた3度目の夏には9匹。そして、お盆の翌々週には来なくなる。蝉は規則正しい生き物なのだなと、感心した。とはいえ蝉に心を許したつもりではない。遠くで鳴き声を耳にして、風流だなあと感じるくらいが、ちょうどいい。

木村衣有子(きむら・ゆうこ)

1975年生まれ。文筆家。ミニコミ『のんべえ春秋』編集発行人。著書に『もの食う本』(ちくま文庫)、『銀座ウエストのひみつ』(京阪神エルマガジン社)、『コーヒーゼリーの時間』(産業編集センター)など。『サンデー毎日』にて書評コラム「食べて、飲んで、読む」を連載中。

http://mitake75.petit.cc/

中澤季絵(なかざわ・きえ)

1981年生まれ。イラストレーター。学生時代は植物や微生物について学び、花とやさいのタネの会社で10年間働いた経験をもつ。生きものを慈しむ脇役蒐集人。絵で暮らしをいろどる楽しさを軸に幅広く活動中。

http://kienoe.com/

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