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本を開くと映画が流れだす

文=月永理絵

第4回
2016.08.24

ジェローム・ロビンスと『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』

 『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』は、ハリウッドの歴史のなかでも恥ずべき時代と言える“赤狩り”の時代を描いた映画だ。1940年代後半から、非米活動委員会によって進められた、赤狩りという名の摘発行為。冷戦の気配が高まるなか、ハリウッドで仕事をする映画人たちの中から、共産党員やその同調者たちが次々に証言台に立たされていった。

 映画には、誰もがよく知る有名俳優や監督、映画作品の名前が登場する。その時代を知っている世代にとっては懐かしさや可笑しさを感じさせてくれるだろうし、若い世代にとっては、時代絵巻を見ているような新鮮な喜びがあるだろう。でも本作を見終わったあとに感じるのは、この映画を見ても私たちはまだ何も知らない、ということだ。結局のところ、これほど充実した内容の映画を見てもまだ、私たちはこの悲劇にまつわるあらゆる出来事について、知らないことが多すぎるのだ。

 映画が描くのは、赤狩りの被害を受けたことで知られる脚本家ダルトン・トランボの人生だ。トランボは、赤狩り旋風が吹き荒れる時代、共産党員としてブラックリストに載せられハリウッドを追放された人物。だが彼は真の名前を隠しながら脚本の執筆を続け、有名な『ローマの休日』やアカデミー賞を受賞した『黒い牡牛』といった作品を変名によって残す。映画は、長い年月を経てそのキャリアを回復した彼の激動の人生を、家族との絆を中心にていねいに描き出す。

 だが彼とその家族だけでなく、映画に一瞬でも登場する人々それぞれに固有の物語がある。トランボらを執拗に迫害する醜悪なコラムニスト、ヘッダ・ホッパーや西部劇スターのジョン・ウェイン。それから、トランボが本名での脚本執筆を再開するきっかけを与える俳優カーク・ダグラスや変わり者の監督オットー・プレミンジャーなど、映画には有名な映画人たちが続々と登場する。彼らのように物語の筋に絡む重要人物たち以外にも、ちらりとだけ登場するローレン・バコールやハンフリー・ボガートのような人もいて、彼らが辿った人生についてさらに詳しく知りたくなる。

 これらの登場人物たちのなかで、もっとも皮肉的な運命をたどるのは、俳優エドワード・G・ロビンソンだ。『犯罪王リコ』など数々のギャング映画に出演した彼は、共産党員ではなかったが、トランボらに対して非常に友好的な関係を築いていたらしい。だがそれゆえに仕事を失い、名誉を回復するため、非米活動委員会の開いた公聴会の場でトランボたちの名前を告白する。

 映画では、トランボからその裏切りを手ひどく批判されるところも描かれる。だがもちろんエドワード・G・ロビンソンが悪者とされているわけではない。俳優である彼は、脚本家たちのように名前を変えて仕事をすることなど不可能だったからだ。むしろ彼はトランボのようには戦えなかった人物として、赤狩りのもたらした悲劇を私たちに見せてくれる。この哀れな俳優の姿を見ていると、裏切り者、密告者と呼ばれた多くの人たちの物語に思いを馳せたくなる。非米活動委員会によってnaming namesを強要された人物は多い。なかでも有名なのは映画監督エリア・カザンだ。この映画には登場しないが、彼の名前は、その数々の名作とともに「裏切り者」として現在もハリウッドの歴史に刻まれている。

 裏切り者として後世に名前に残してしまった男。そういう男のことを書いた一冊の本がある。津野海太郎の『ジェローム・ロビンスが死んだ』。ジェローム・ロビンスをハリウッドの映画人、と言っていいのかよくわからない。『トランボ』に登場するわけではない彼は、映画版『ウエスト・サイド物語』もロバート・ワイズと共に監督したが、それよりも『ウエスト・サイド物語』や『王様と私』などブロードウェイ・ミュージカルでの振り付け家として有名な人物だ。著者の津野海太郎は、映画『踊る大紐育』の元になった舞台版の振り付け家としてロビンスを知ったという。

 この本のおもしろさは、著者のロビンスに対する個人的感情が執筆のきっかけになっている点だ。ある日新聞でジェローム・ロビンスの死亡記事を読んだ著者は、そのしばらく後、インターネットで見つけた記事によって、ロビンスが実は非米活動委員会でかつての仲間の名前を証言した「密告者」であったことを知り驚く。それを機に、それまでおぼろげにしか知らなかった男の過去を調べようと決意するのだ。

 評伝というよりも、どこか著者のエッセイにも似た軽いタッチのこの本は、ジェローム・ロビンスというひとりの男の人生を、赤狩りの悲劇と共にやさしくひもといていく。彼がアメリカに移住したユダヤ人一家の息子であったこと。子供の頃からダンサーとして活動していたこと。そして彼が同性愛者であり、その事実を公にされることにひどく怯えていたこと。ロビンスの歩んだ人生を知ることで、彼が「密告者」となったその背景が少しずつあらわになる。仕事を失い、自らが築いてきた地位をすべて奪われるのを恐れた結果としてのnaming names。その姿に、映画『トランボ』でのエドワード・G・ロビンソンの哀れな後ろ姿が重なり合う。

 『ジェローム・ロビンスは死んだ』のなかで、ロビンスに対するトランボの言葉が紹介されている。「同性愛者としてFBIにひっぱられて、ゲイを暴露されるか証言するか、どっちかをえらべといわれた人間について、あんたになにがいえる」。同じようなセリフが映画『トランボ』のなかにも登場する。

 誰かを裏切り者だと断罪できる人間などいない。それは確かだ。一方で、そうした留保を踏まえたうえで書かれた津野海太郎の言葉も、胸に染みる。「だがそれでも、理解できる、というのは、かれがやったことをすべて忘れる、ということとはちがう」。忘れることなどできないから、だからこの本を書くのだ、とも聞こえる。実際、本書の内容は、ロビンスの「密告者」としての姿を擁護するのとも、告発するのとも違う。あくまで著者自身の視点で、この歴史に翻弄された男の人生をふりかえる。ちなみに、彼が舞台版を手がけた『踊る大紐育』の映画版で大スターとなったジーン・ケリーの赤狩りに対する反骨精神も紹介されていて興味深い。ロビンスの弱さと対照的なその姿が、どこか皮肉的でもあるけれど。

 ところでロビンス自身は生涯このときのことを公には語っていない。だから私たちが想像するのはあくまで仮定の物語でしかない。映画を見て、本を読んで、私たちはこれからも、いく通りもの物語を想像し続けるのだろう。映画『トランボ』は、そんなふうに、画面には映されなかったいくつもの物語を、私たちに想像させてくれる。

『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』

監督:ジェイ・ローチ

脚本:ジョン・マクナマラ  

原作:ブルース・クック(『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』世界文化社刊)

出演:ブライアン・クランストン、ダイアン・レイン、エル・ファニング、ヘレン・ミレン ほか

TOHOシネマズ シャンテ他にて全国公開中

©2015 Trumbo Productions, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

http://trumbo-movie.jp/

『ジェローム・ロビンスが死んだ なぜ彼は密告者になったのか?』

津野海太郎著、小学館文庫

ブロードウェイ、ハリウッドを舞台に、『踊る大紐育』『ウエスト・サイド物語』など数々の名作を生んだ振付家ジェローム・ロビンス。「赤狩り」旋風のなか、彼が「密告者」として同志8人を名指しした事実を知った著者が、ロビンスの知られざる人生をひもといていく。アメリカ映画・演劇界の光と影を浮き彫りにした、平成20年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞の傑作ノンフィクション。

https://www.shogakukan.co.jp/books/09408660

月永理絵(つきなが・りえ)

1982年生まれ。編集者・ライター。〈映画酒場編集室〉名義で書籍や映画パンフレットの編集などを手がける。個人冊子『映画酒場』発行人、小雑誌『映画横丁』編集人。『メトロポリターナ』でコラム「映画でぶらぶら」連載中。

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