インテリア家具ショップのリグナが送る、ライフスタイルWEBマガジン

文=木村衣有子  絵・題字=中澤季絵

第2回
2016.06.08

机の広さ

 東京は外苑前に『机』なる名の居酒屋があった。

 店名のロゴは和田誠がデザインしたそうで、それをきっかけに、和田誠ファンの友人と一緒に訪ねた。10年くらい前のことだ。その後2、3度続けて飲みに行ったものの、しばらく足を運ばずにいた。全く、のんべえは薄情だなあ。『机』が閉店するらしいよ、数年前にそう聞いた。そこでの肴やお酒について振り返ろうとしたけれど、ぼんやりとしか思い出せなかった。なにを食べたか飲んだかは記憶していても店の名前をぽかっと失念している、そういう逆のパターンはよくあるのだけれど。もしかしたら、料理やお酒よりも、机、という一文字に惹かれてそこに行っていたのかもしれない。なぜなら、机に日々向かうこと、それが私の日常だから。

 その酒場の記憶をさらにさかのぼったあたり、干支一巡りほど使い込んでいるうちの机は天童木工製で、きつね色の天板は、80センチ×80センチ。ごはんを食べる部屋兼私の仕事場の真ん中に置いてある。

 朝は、机がもうちょっと広かったらいいなあ、と思う。うちでは新聞を数紙取っているから、夫とふたりで各々新聞をのびのび広げようものなら、重なり合って、落ち着いて読めやしない。仕方なく、譲り合いつつ、新聞や広告の隙間に、紅茶を注いだマグカップやトーストを載せたお皿を配置する。

 夫が出勤した後、読み終えた新聞やパン屑を片付け、机上をいったん空っぽにする。それから、ノートパソコン、スケジュール帳、ノート、ペン立て、資料、コーヒーを入れたカップを置く。そうして私の仕事の時間がはじまると、ちょうどいい塩梅の広さに思える。

 ただ、ひとりでごはんを食べるにはこの面積をやや持て余す。うっすら寂しさを感じもする。

 この机を買ったのは、結婚の話が出てからで、まだ一緒に暮らしてはいなかったときだ。私ひとりで選んだ。このくらい広ければ、ふたり暮らしにはじゅうぶんすぎるくらいだろう、そんな目測で。その頃は仕事机は別にあったので、ここに向かってものを書くことは特段想定せずに選んだ。

 使ってみなければ分からない、というか、新しい生活の中に置いてみなければ、使い勝手は分からなかった。

 選んだわけは、椅子にはじまる。結婚を機に買った家具は幾つかあり、椅子もそのひとつだ。当時、ちょくちょく覗いていた生活道具の店に置かれていた椅子が、図書館の閲覧室用にデザインされたものだと知った。プロダクトデザイナーである水之江忠臣が1950年代にデザインしたのだという。図書館、そこにぴんときた。落ち着いて、長い時間腰掛けていられそうだな、と。じゃあ、それと揃えようとセットになっていた机を選んだ。

 それまでは、家具といえば安価な中古ものを買うか、友人に譲ってもらうか、まっさらな、なかなかいいものを買うというのははじめてだった。

 さて、この机を買うよりもさらに前、宇野千代にかぶれていた時期があった。彼女の「書こうと思うときだけに坐るのではなく、書こうとは思っていないときにでも坐る。この机の前に坐ると言うことが、小説を書くことの基本です。毎日、または一日の中に幾度でも、ちょっとでも暇のあるときに坐ると言うのではなく、毎日坐るのである」という言葉が、突き刺さった。自分には集中力が欠けている、と、悩んでいたときだったから。

 「書こうとは思っていないときにでも」そこに向かおうという気を起こさせるためには、机上は基本的にはがら空きにしておく。そういう決めごとが自分にとっては有効なのだ、そう気付いてからは、宇野千代の言葉も耳に痛くはなく、そうだよね、と、共感できるものとして受けとめられる。この机のおかげといってもいい。

※引用 『行動することが生きることである』宇野千代/集英社文庫 より

木村衣有子(きむら・ゆうこ)

1975年生まれ。文筆家。ミニコミ『のんべえ春秋』編集発行人。著書に『もの食う本』(ちくま文庫)、『銀座ウエストのひみつ』(京阪神エルマガジン社)、『コーヒーゼリーの時間』(産業編集センター)など。『サンデー毎日』にて書評コラム「食べて、飲んで、読む」を連載中。

http://mitake75.petit.cc/

中澤季絵(なかざわ・きえ)

1981年生まれ。イラストレーター。学生時代は植物や微生物について学び、花とやさいのタネの会社で10年間働いた経験をもつ。生きものを慈しむ脇役蒐集人。絵で暮らしをいろどる楽しさを軸に幅広く活動中。

http://kienoe.com/

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